読書記録『光と風と夢』

こんばんは、ねこめです。第十六回目は中島敦の『光と風と夢』です。

『宝島』や『ジィキルとハイド』などを生み出した作家、ロバァト・ルゥイス・スティヴンスン(R・L・S・)氏の晩年を描いた作品です。本文は日記の体裁で書かれており、一八八四年五月から始まります。

喀血をするほどの病に侵されたスティヴンスンは、健康地を求めて転々としますが、最終的にサモアの地で生涯を終えます。

満十五歳以後、書くことが彼の生活の中心であった。自分は作家となるべく生れついている、という信念は、何時、又、何処から生じたものか、自分でも解らなかったが、兎に角十五六歳頃になると、既に、それ以外の職業に従っている将来の自分を想像して見ることが不可能な迄になっていた。

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彼が、“作家となるべく生まれついている”と語っている通り、病と闘いながらも、息を引き取る直前まで作品をつくり続けました。その精神力には本当に敬服します。

また、作家としての苦悩や、作品との向き合い方、考え方などが随所で語られており、物語を紡ぐ人間にとっての道標になるような名言が沢山ありました。

彼は殆ど本能的に「自分は自分が思っている程、自分ではないこと」を知っていた。それから「頭は間違うことがあっても、血は間違わないものであること。仮令たとえ一見して間違ったように見えても、結局は、それが真の自己にとって最も忠実且つ賢明なコースをとらせているのであること。」「我々の中にある我々の知らないものは、我々以上に賢いのだということ」を知っていた。そうして、自らの生活の設計に際しては、其の唯一の道――我々より賢いものの導いて呉れる其の唯一の途を、最も忠実、勤勉に歩むことにのみ全力を払い、他の一切は之を棄てて顧みなかった。俗衆の嘲罵ちょうばや父母の悲嘆をよそに彼は此の生き方を、少年時代から死の瞬間に至るまで続けた。

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昔、私は、自分のした事に就いて後悔したことはなかった。しなかった事に就いてのみ、何時も後悔を感じていた。

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病気が行為への希求を絶って以来、人生とは、私にとって、文学でしかなくなった。文学をつくること。それは、歓びでもなく苦しみでもなく、それは、それとより言いようのないものである。

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文学を創ることが人生そのものであったと、身を削り心血を注いできた彼だからこそ、重みのある言葉になるのだなと思いました。
自分の命を削ってまで無理を強いることが、必ずしも「美徳」とは言えないけれど、彼の魂の在り方は見習いたいです。

青空文庫より『光と風と夢』中島敦
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